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働きがいの扉

「女子トイレつくるから、うち来てよ」

還暦間近の人の良さそうな社長が、頬の皺をより一層深くして笑った。

さっき採用条件を聞いた時は、”なるべく若い男の子”って言ってたのに。自慢じゃないが、地下鉄の階段をチョロっと登るだけでゼェハァいう私にも、一応若いっていう括りでできるだろうか。機械オペレーターの仕事って。

当時の私は、愛知県の中でも製造業で盛んな三河エリアと呼ばれる地域で、ひたすら中途採用の原稿を書いていた。求人原稿なんて所詮はただの情報の塊。採用担当者から聞いた要件をミスなく記載して、ほんのチョッピリ甘い言葉をエッセンスに付け加えれば、さぁ出来上がり。応募通知が鳴り止まないぜ……なぁんて簡単じゃぁないから、当時の私のような制作担当と呼ばれる表現者がいる。

1から10まで仕事内容を聞いた時、どこに焦点を当てれば人は興味を持つのか。設定された給与は競合と比べて劣らないか。何年も活躍する社員の辞めない理由は何か。企業自身が気づいていない魅力は隠されていないか。得られた情報をキャッチコピーに書くのか。長い文章にすべきか。短い単語で伝えるべきか。写真を載せてビジュアルで訴えるのか。

「年間休日120日って聞いた時、人はどう感じると思う?」

私は新人営業によくこの話をした。事務職の人なら、当たり前って思うだろう。販売職の人なら、多いって感じるかもしれない。製造職の人なら、せめてこの程度は休みたいって言う人が多そうだ。

だから、打ち出し方が変わる。

当たり前だと思う人が大半の事務職を募集する時、年間休日120日!!!と大々的にアピールしてしまったら、その原稿を見た求職者の感想は「ふ~ん」だ。

「私でも活躍できますか?」

あの時、私は入社するか否かを本気で検討するために社長へ問いかけた。ヒアリングする側が企業へ惚れなきゃいい原稿なんて作れない。求人原稿は、働きがいを手に入れるための扉なのだ。

今の私の肩書は制作担当ではないけれど、人材業界から離れられずにいる。効率化や利便性が尖りきる世の中で、でもやっぱり採用においては人の心を通わすべきだと思う私を、時代遅れだとは言わせない。

私は採用を手伝っている。新卒からずっとだから、もう10年になる。手法は求人原稿の作成という枠を飛び越え、SNSや求人の運用、人材紹介、エトセトラ。何だってやる。

誰かが扉をノックして、働きがいに出会えるようにと、願い続けながら。

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